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初秋の風景

すっかり朝晩だけでなく、日中もすごしやすい季節になって来ましたね。
吹く風が心地よい!
コスモス

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London 2012

先日から始まったロンドンオリンピック。昔ほど一喜一憂はしないが、それでも自国の選手の成績は気になるものだ。
僕は小さい頃からのオリンピックフリークで、夏・冬問わず、テレビにかじりついていた。

最近は競技数も増え、昔強かった競技が面影も無く弱くなっていたり、逆に今まで注目もされていなかった競技でメダル争いをしたりと、中々おもしろい面も多い。
プロ化やアマチュアリズムの形骸化が叫ばれて久しいが、それでも鍛え抜かれた選手達によって争われる4年に1度の祭典は、見るものに感動を与えてくれる。
ほんの一瞬のために4年間全人生をかけて来た者だけが味わえる、最高の瞬間だと思う。
そのお溢れに、我々もほんの少しだけ浴することが出来る時でもある。

さてさて今回のオリンピックはどんなドラマを用意してくれているのだろうか?
今後が楽しみだ。
とりあえず今夜のなでしこガンバレ!

London County Hall & London eye

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時計

僕はこの歳になるまで時計にまったく興味がなかった。



男性の場合女性と違い、身に着けるものといったら時計ぐらいしかないのだけど(最近は色々ジャラジャラと着けるようになったが)、そこに価値を見出すことはまったくなかった。



僕ら世代の場合、多くは高校入学と同時に腕時計をプレゼントされたのだけど、うちの親は何故だかそれをしなかった。僕も「時計買ってよ」くらいの一言は言ったかもしれないが、たぶん「今買わなくていい」の一言で片付けられ、僕も別にどうでもいいやと思っていたのだと思う。



僕が高校へ入学した頃はクオーツデジタル全盛期で、友人はみなカッコイイ(僕にはそうは見えなかったが)腕時計を見せあいこしていた。

高校入学後いつ頃だったかは忘れたが、地元のスーパーの前に出店が出ていて、そこで当時1,000円か2,000円くらいの時計を売っていた。

クオーツではなく手巻きのアナログ式で、ケース径も小さい時計だった。



もちろんそんなところで売られている時計だからメーカーも(そもそもメーカーなんて呼べないだろう)訳のわからないものだったのだが、何より安かったのと、「SWISS」という表示が入っていたので買って使っていた。

手巻きだから毎日巻かなければならなかったし友人からは秒針の音がうるさいと言われたが、僕は結構気に入っていて、必要な時に使っていた。

「SWISS」は眉唾物だったが、今とは違い中国製が幅を利かせていた時代ではないから、ニセ「SWISS」でも日本製くらいではなかったのかと思う。



大学に入った時に親戚のおじさんがセイコーのアナログとデジタルの併用式のダイバーウォッチを買ってくれて、しばらくはそれを使っていた。社会人になってもしばらく使っていたのだが、でかくて重いので例の「SWISS」製を引っ張り出しては使っていた。



最初の就職先では営業として入ったため時計は使っていたが、転職して企画職になったとたんに時計をするのをやめてしまった。

最初の頃は左腕を気にしていたが、なくなると逆に時間配分がうまくやり繰り出来るようになった。

たぶん体感的にこれをするにはこれくらい掛かるとか、移動時間はこれくらいだとかが把握出来るようになったのだと思う。

それに日常生活では時計のあるポイントを覚えてしまい、時間の確認にもまったく不便を感じなかった。

よく「○○さん時計持ってないの」と聞かれたけど、「腹時計です」と言うのが決まり文句になっていた。



その後スウォッチやタイメックス等のトイ時計を短期間はめた事はあるが、携帯電話が登場してからはほとんどそれを使うようになった。

なので、いまだに腕時計はしていない。

シャツの袖口やズボンのポケット口は傷むし、重いし、海外へ行くときなど何かと狙われそうだしと、デメリットに感じることの方が多いのだ。



今年の始め頃、あるクイズ番組で時計にまつわる歴史秘話を特集していて、それは時計の物語と言うより歴史上の人物に絡む時計の話なのだが、そのことがきっかけでちょっと時計に関して調べる気になった。

それまでまったく興味がなかったから、時計と言えば日本の2大メーカーとロレックスとオメガくらいしか知らなかったのだけど(それも名前だけ)、色々とググッていくと何やら興味深い魅力が感じられてきた。


そうこうしている内に、またテレビで特集番組が放送され、それは「神の手」を持つと言われる時計修理の職人の番組だったのだけど、それを見て益々時計に興味がそそられるようになった。日本一古いと言われる時計屋さんを経営しているその修理職人は、なんと我が市にいらっしゃり、メーカーが手をあげた物も見事に蘇らせると言う。その評判を聞きつけ、国内はもとより、遠く海外からも依頼が舞い込んでくると言う。

まさか我が町にそんな巧みがいようとは思わなかった。


そんなこんなでカメラと同じで、最新式のタイプにはまったく興味は湧かないのだけど、アンティークの時計にはかなりそそられるようになって来た。

それでもやはりゴツゴツした仰々しいタイプは苦手で、シンプルで控えめなタイプが美しいと思う。

しかしこの世界も闇が深そうで、嵌るととんでもないことになりそうだ(苦笑)。



ライカと同じで誕生年の時計とか物語があっていいなぁ~、と思っていたりするのだが、これがどうして、とんでもなく高い値段が付いていたりするから驚くばかりだ。



僕が小学校4年の時に死んだ祖父の形見として、懐中時計をもらった。

それは祖父が生前から僕がもらうと約束していたもので、子供が見てもその辺の腕時計なんかより百倍カッコよかったのだ。

僕が普通の時計に興味を示さなかったのは、その時のインパクトが強すぎたのかもしれない。

それは一流メーカーとは言えないが、当時の舶来品で、今見てもやはり気品がある。

しかしもらってこの方一度もメンテに出していないものだから、ねじも切れてしまっている。

今度是非その修理名人の所へ、この時計を持って訪ねて行ってみたいと思っている。

ウォルサム

形見の懐中時計
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戦艦大和

親戚の叔父さんが死んで、母親が葬式に行って来た。

戦艦大和の元乗組員だった人で、兄弟2人で大和に乗っていた。
大和が最後の出撃をする前夜、長男だったその叔父さんだけが船を下ろされた。

「たぶん」だけど、男2人が死んでしまってはと言う事で、長男だけが下ろされたのではないかと母親からきいた。
70年弱くらい前の話だが、死なされた者と生かされた者、そんなことが将棋の駒のように行われていた時代があった。
かたや20台そこそこで死に、かたや90過ぎまで生きた。
きっと2人分の天寿を全うしたんだろうな。

潜水隊のクレーン

海軍の遺構
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仕立て屋さん

いつもお世話になっているテーラーのご主人が亡くなったとのお話を聞いた。

もう26~7年以上の付き合いになるのだが、生地のことからスタイルや仕立ての事まで、色々と教えていただいた。
時には意見をぶつけ合いながらも、そうやって出来ていく服は抜群の着心地と共に、深い愛着をもたらしてくれた。

少し前から体調を崩されていて、店頭にはほとんど出てこられなくなっていたが、昨夏僕が久しぶりにスーツを作ったときに、Iさんがお見えだと聞いたので、と店頭に出てきてくださり、一緒に生地を選んでいただいた。
それが最後のやりとりとなったわけだが、奥様曰く、店頭に出てこられたのはその時だけで、ほかの誰が来ても出てこられなかったとのことだった。

息子さんは東京の服飾専門学校を首席で卒業後、単身イタリアに渡りナポリの有名工房で修行した唯一の日本人で、帰国後一時期お店を手伝っていらっしゃったのだが、東京のテーラーに口説かれて今は銀座で働いている。(洋服好きには知られた名前だ)

今は彼の友人がこちらにやって来て、お店を手伝っている。知らない土地で色々と大変だろうが、お客さんと色々話して決めながら、じっくりといい物を造る仕事なので、楽しいことや発見も多いのではないだろうか。

ご主人は亡くなってしまったが、一緒に話しながら造ったスーツやコートは残っている。
そういう仕事はうらやましいと思った。

伊勢神宮 外宮

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