スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

鹿児島旅行

もう1月ほど前の話になるが、4月の第1週の土日で鹿児島へ行ってきた。

高校のとき行って以来だから、ほとんど初めて行くのと一緒くらいの感覚だ。
新幹線1本で行けるのだから、随分と楽になったものだ。

鹿児島に着いて駅のすぐそばのとんかつ屋さんでとんかつを食べたのだが、これがおいしかった。
結構人気店らしいのだが、お店の人の感じがすごく良く、それだけでも人気があるのだなと思わせる感じだった。

それからレンタカーを借りて霧島方面へ。
桜情報とか見ながら回ったのだが、どこも本数はあまり多くなく、イマイチっていう感じだ。霧島神宮や坂本竜馬が回ったと言う滝などを見て旅館に向かった。

今回は鹿児島と言うよりは、この旅館に泊まりたかったのだが、温泉は部屋から遠く、寒い日とか雨の日はしんどいだろうなーと言う感じだった。川べりにある露天風呂は雰囲気と言い泉質と言いよかったが、なんせほんとに川べりなので、周りから丸見えです(笑)。

料理はおいしく頂いたのですが、お部屋係の人が「ここの温泉は飲めるんですよ」と言っていたので、食後に入った温泉で飲んだのだが、脱衣所にある注意書きには「飲泉禁止」とでかでかと書いてます。どうも飲泉用のお湯は、部屋から温泉場へ行く途中にあるチョロチョロとお湯が出ているところみたいで、そんなことろくに説明もないので分かる分けなく、おかげで翌日はお腹が下って発熱する羽目になってしまった。
普通飲泉出来るのならコップが置いてあるのだが、それがなかったので何か変だなーと思ってはいたのですが・・・。

翌日はどこへ行こうかと思案していたのだが、前日見たテレビで、枕崎で戦艦大和の慰霊祭をやっていたとのニュースをやっていたので、行ってみることにした。

途中桜がたくさん咲いている公園があったのだけど、駐車場がいっぱいで車を止めることが出来なかったので断念。
でもこの辺はさすがに満開と言うより散り始めていて、葉っぱもちらほら見えかけていた。

枕崎の岬の小高い丘の上に慰霊碑があり、丘の上に登る道の脇には石燈が建っている。
その石燈に亡くなった方のお名前と年齢が刻まれているのだが、母親はそれを見ながら「若いのにかわいそうに」と呟いている。
当時の自分と同い年くらいの方々ばかり。

慰霊碑の碑文を見て目頭を押さえていたりしたのだが、色々と胸に去来するものがあるのだろうと思う。

目の前に広がる東シナ海はどこまでも穏やかで、あ~平和だなとしみじみ実感できる。
60数年前出来事など嘘か幻のような感じだが、こういう一般の人たちのことを忘れたりぞんざいにしてはいけないなと思う。

枕崎ではかつおラーメンを食べたりしたのだが、例の件ですっかり腹の調子が悪く熱も出てきて体調不良だったので、まったく食欲もなく、ほんとはかつおを始めとする海鮮料理を食べたかったのだが、それも出来ず早々に帰宅の途についた。

犬飼滝

犬飼滝
高さ36m、幅22mの豪快に水が流れ落ちる様が壮観な滝。かつて、和気清麻呂がこの滝で遊び、幕末の風雲児坂本龍馬も新婚旅行で、この滝を眺めたと言う。
©All rights reserved.


スポンサーサイト

帰国

帰国便は朝9時10分発と早かったので、朝早くから起きて支度をし、受付カウンターに向かった。

座席をインターネットで予約するのを忘れていたので、母親と並びの席が取れるか心配だったが(なんせ日本語が機内で通じないので)、なんとか取れたので良かった。

ターミナルの免税店で各方面へのお土産を買ったりしていたら、すぐに時間がなくなって、ここでもラウンジに寄れなかった。

出発ロビーがモノレールのような物に乗って移動する所にあったため、ちょっとあせって移動し、飛行機に乗り込んだ。

飛行機は順調に航行し、予定通り朝の5時前に羽田空港へ到着した。

飛行機を降りた後、僕が機内に携帯電話を忘れていて、慌ててスタッフに手配し取って来てもらうはめになった。
なんとも締まらない話・・・。

しかし今回は母親も体調を崩す事なく、順調に旅が出来たので良かった。
フランスにこんなに長く(と言っても数日ですが)滞在したのも初めてなので、その意味でもフランスをたっぷり楽しめた。

もっとも、母親を連れて歩いていると、僕が単独で行動するよりは3倍は時間がかかるので、余計にじっくり見て、行動出来た気がするのだと思う。

21日の朝9時半頃には自宅に到着した。

色んな意味で今までとはちょっと違った、楽しい旅だった。

エッフェル塔

エッフェル塔
©All rights reserved.

パリーロンドン

パリ最後の日、と言ってもパリを18:00頃出発する飛行機でロンドンに渡るようにしていた。

16:00過ぎには空港に行く必要があるので、15:00時頃にはホテルを出なければならない。
スーツケースは出発まで預かってもらい、それまで美術館巡りをした。

まずは地下鉄でルーブルへ行った。本当はシャルトルへ行った日にオルセーに行き、出発の日はルーブルをゆっくり見ようと思ったのだが、ケガの治療をしたので予定が狂ってしまったのだ。

そこでルーブルではモナリザ始め、有名どころを駆け足で見てまわった。
モナリザは相変わらず凄い人で、近づくのに一苦労。
スリが多いと聞いていたので、鞄をしっかり持って人間洗濯機状態だ(笑)。
僕が見た14年前とは展示方法が変わっていた。

その後はオルセーへ移動した。
ここには僕がこの世で一番好きな絵画、ミレーの晩鐘が展示されている。
ミレーの絵はどれもいいなぁ。
駆け足で見て回ったので、お昼ご飯もとらずじまい。
まあ、空港行ってラウンジで食べりゃいいやと思っていた。

ここから歩いてホテルに戻り、タクシーで空港に向かった。
時間帯のせいかスイスイ行き、来た時よりも安く行けた。

着いた時は1本前のロンドン行きのチェックインが行われていた。荷物を間違って積まれてもいやなのでそこが閉まるのを待ってチェックインした。

ラウンジの場所を聞いたのだがよく分からず、結局利用出来なかった(涙)。
仕方なく飛行機に乗るまで食事はお預け、パンをおかわりしてしまった。

翌日の出発が9:00頃だったので、ロンドンのホテルはターミナル5に直結されているホテルをとった。
ホテルにチェックイン後、ヒースローエクスプレスに乗りロンドン市内に入った。
明日帰国という日だったが、前回ロンドンで行った三越に日本食を食べに行った。
偶然にも去年と同じ席だった。

その後ウォータールーへ行き、ロンドンアイに乗ろうと思ったのだが、ちょうど営業を終わった後だった。
地下鉄から地上に出る時、エレベーターの前に立っていたアベックの男性が、「リバティ柄がとても似合っている」と話しかけて来た。地下鉄の中で僕たちの前に座っていた人達だ。

僕はリバティプリントが大好きで、この日はそのシャツを着ていて、母親もシャツとスカートを身に着けていた。
聞けばリバティに勤めているとの事。
何だかちょっとうれしい気分。

昔はウォータールーからユーロスターが出ていて、僕はロンドンではこの駅前のホテルをいつも利用していた。
今ではユーロスターの駅は閉鎖されていた。

ビッグベン辺りまで歩き、地下鉄でパディントンへ帰ろうとしたのだが、地下鉄が途中で止まっており、そこからバスで移動させられた。

バスに乗ると早速立っていた母親に女性が席を譲ってくれた。さすがロンドン。
ちょっと時間がかかり、最終電車に間に合うかドキドキしたが、最終1本前の電車でホテルにたどり着いた。

ほんの数時間だったが、イギリスはやはりいいな~。

オルセーの前の兵士

オルセーの前の兵士
©All rights reserved.

ベルサイユ

ベルサイユへ行くために朝早くから起きた。
早くから行かないと入場に長蛇の列ができ、とんでもない時間待たされると色んなところで書かれていたからだ。

行き方は色々あったが、バスで行くと門の前まで行くとの事で、その方法で行くことにした。
地下鉄で9番線最終駅Pont de Sevresに行き、そこからバスに乗り換え終点で降りるというルート。
小1時間ほどでベルサイユ宮殿の正面に到着。バスだとパリ郊外の風景も楽しめてオススメだ。

この日のために、シャルルドゴールに到着した時に購入しておいたミュージアムパスで入場。それでも入場の列が出来ていたが、10分くらいで入場することが出来た。

ベルサイユは噂に違わず豪華絢爛で、その姿には圧倒される。
入場時に日本語の音声ガイドをタダで借りることが出来たので、それで説明を聞きながらの見学となった。

宮殿を一通り見終わった後、宮殿内のレストランで昼食をとった。
朝はホテルの部屋にあった果物と昨晩レストランでもらったマドレーヌを食べただけなので、結構お腹が減っていた。

その後庭園や離宮の方まで回る事にしたのだが、歩いて回ると相当な距離なので、プチ・トランという場内を回っている乗り合いの乗り物に乗ろうとしたのだが、何故か乗り場が閉鎖されていて、乗り物もいない。
仕方ないのでトボトボト散歩がてら歩くことにした。

いい加減なところまで歩いたら引き返せばいいやと思っていたのだが、結局グラン・トリアノン、プチ・トリアノンまで歩いて回った。
マリー・アントワネットの王妃の村里だけは、時間が迫ってきていたのと体力切れで結局断念した。

歩いて帰ろうとすると何と目の前にプチ・トランが止まっている。帰りは乗って帰ろうかと思ったのだが、乗り降り自由の統一料金なのに、帰りだけにその料金を払うのも癪なので、帰りも歩いて帰る事にした。
きらびやかな宮殿に比べ庭園内は自然にあふれ、ゆっくり散歩するには気持ちのいい場所だ。(ただしかなり体力使います)

ベルサイユからパリ市内の帰途は別のコースで帰ろうかと思ったのだが、駅まで歩くのもしんどかったので、結局門の前からバスで帰ることにした。

ホテルに帰り一休みし、20時前から夕食に向かった。
これは今回の旅行のメインイベントの一つで(笑)、本場フランスの3星レストランを予約しておいた。

もちろん今までの旅行でこんな豪華なことは1度だってなかったし、今回の旅行でもキオスクのパンやサンドイッチで済ませてるいるくらいだから、場違い、分不相応なのは重々承知なのだが、母親もヨーロッパ等の長距離旅行は今回が最後だろうし、まあ僕自身も今後こういう場所での縁はほとんどないだろうと言うことで、興味半分で行ってみる事にした。

ホテルのドアマンにタクシーでここに行きたいんだけどと住所を見せると、「うちのリムジンで送りますよ」と黒塗りのベンツで連れて行ってくれた。
お金はいらないと言っていたが、そうも行かないので、運転手にチップを渡しておいた。

ブリストルというホテルの中のレストランだったのだが、無駄な明かりを排除し、蝋燭の明かりを中心にしたシックな雰囲気で、豪華と言うより落ち着いて伝統と格式がヒシヒシと感じられる雰囲気。
しかしスタッフは偉ぶるでも見下すわけでもなく、全員フレンドリーでこちらの緊張を和らげてくれる接客。一流ですな。

料理の方はもちろん美味しく、器もきれい。持ってくるたびに色々気を使ってくれるしと2時間くらいたっぷりと堪能させてもらいました。
もちろんお値段もそれなりに良かったが、一度はこういう世界を経験しておくのもよいかなと。

でももちろん僕のスタイルからして、こう言う旅はスタイルじゃないし、何と言っても金銭的に続くわけないのだけど、旅の思い出の一つとしては良かったかな。

ベルサイユ

ベルサイユ
©All rights reserved.



シャルトル

この日は朝からシャルトルへ向かう予定だったが、こっちに来て以来ず~っと気になっていたことがあった。
実は来る時の飛行機の中で、トイレの扉を引いた時に思いっきり足先を扉にぶつけてしまい、足先からずっと血が滲んでいたのだ。
着いた日にシャンゼリゼを歩いた時、薬局で「消毒液らしきもの」を買ったのでそれで消毒しつつ、軟膏と絆創膏で保護していたのだが、血の滲みと痛みが引かないので医者に診てもらうことにした。

早速クレジット会社に電話し、医師を紹介してもらうことにしたのだが、ホテルに往診に行ってもらうと言うことで、フランス人医師が来てくれることになった。
もちろん日本語は話せず、電話で日本人の通訳を介してのやり取りとなった。
英語は何とか通じたが、肝心なところは通訳を介して行った。

結果、あまり心配ないとの事で、抗生剤入りの軟膏と絆創膏をもらっただけだった。
場所が場所だし、爪の間からの出血が4日間も続いていたもんだから、いささか心配になったのだが(風呂やシャワーも非常に不便だった)、これで一安心した。

昨年は母親がダウンして医師にお世話になったが、今回はこういう訳で僕がお世話になった。
今まで海外での保険など使ったことはなかったのだが、2年続けてお世話になることに。
もっともこのクレジットカードの保険は優れもので、レスポンスも対応も非常にいい!

これですっかり午前中を潰してしまったが、また地下鉄でモンパルナスへ向かった。
シャルトル行きのチケットを買って、出発まで少し時間があったのでこの前と同じパン屋でパンを買いベンチに座って食べた。
で、今回は走ることなく電車に乗り込むことが出来た(笑)。

1時間くらいでシャルトルに到着。のんびりとしてこじんまりとした街だ。
駅からゆっくり歩いて10分くらいで大聖堂に到着。シャルトルブルーと言われるステンドグラスが美しい大聖堂だ。
生憎一部補修工事をやっていて、すべてが見れなかったのは残念だったが、それでも美しいステンドグラスだった。

中でミサが行われていると思っていたが、どうやら葬儀が行われていたようで、世界遺産といえど、昔から人々の生活に根付いた祈りの場であったことを実感させられた。
観光地とは仮の姿で、それとは別の本来のあるべき姿を我々は見過ごしているんじゃないかと思ってしまった。

ふと見ると小さな出入り口があって、2~3人が出てきたので何かと見ると、どうも塔の上まで登れるらしい。一人7ユーロと少々高めだったが、登ってみることにした。

狭い石段をひたすら登っていくのだが、エッフェル塔や凱旋門と違って、ほとんど登っている人がいない。ガイドブックにも載っていなかったように思うし、みんなステンドグラスだけ見て、さっさと帰ってしまうのだろう。

上に登ると景色抜群で、心地よい風が吹きとても気持ちがいい。
ちょうど我々が鐘のところにいた時に鐘が鳴り出し迫力満点!
最初7ユーロは高いと思っていたが、十分に楽しめた。

その後裏手の庭とかを散策し、17時頃の電車でパリへ帰った。
帰りの電車は冷房がかかっておらず蒸し暑くて往生した。

夕食はエッフェル塔のレストランを予約しておいたので、タクシーで向かった。
エッフェル塔に登るのもかなり待ち時間がかかるので、それならば待たずに登れて食事も出来て一石二鳥と言うことで決めておいた。
2階からの眺めは夕暮れから夜景へときれいに変わっていきとてもきれいだ。
料理はそこそこ美味しかったが、フランス料理は量が多く、最後のほうはお腹パンパン。
お値段もそれなりによかったが、まあこれは場所代が半分と言うところか…。
2階から一番上の展望台にも登れたみたいだが、食事が終わる頃にはいい時間になっており、疲れと満腹感で登るのを断念。
お土産のマドレーヌをもらい、帰ることにした。

外に出た時は、エッフェル塔自体もライトアップされており、ちょうど正時で全体がダイヤモンドのようにきらめいて眩いばかりだった。

シャルトル ステンドグラス

シャルトル ステンドグラス
©All rights reserved.
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。